山名に惹かれて上ることも多い私には長い間登ってみたい山のひとつでした。
夏山登山道の登山口に「一木一石運動」への協力依頼の標識が掲げられていました。
登山者に一人ひとつずつ石を持って山頂に登ってもらい、その石で浸食溝を埋め植物の苗を植えて緑を復活させる。
大山の山頂を崩落の危機から守っていこうという取り組みのようです。
美しい石畳に始まった階段道はハイキングの周遊路から外れると度重なる修復の跡が垣間見える丸太の階段道に変わり、傾斜がゆるむ八合目から山頂まで木道が敷かれています。
木道はダイセンキャラボクの自然林を保護するねらいがあるそうです。
山頂広場には大きな木の舞台がしつらえられ沢山の登山者が思い思いに寛でいました。
「一木一石運動」を担う人々の努力の成果なのでしょう、脆い山肌はこうして守られていると感慨深いものがある一方で、広範囲に地面を覆った整備が本来の目的ではないはずですので息の長い「一木一石運動」の地道な活動に期待し、感謝します。
階段の登山道は別にして一合目から五合目までのブナの樹林帯は見事でした。
五合目を過ぎたところの分岐は今朝歩いてきた大山寺へ下り、ユートピア避難小屋に上る行者谷コースのようです。
開けてくると避難小屋のある六合目に到着します。
三鈷峰やユートピア小屋の稜線の景色、山心をくすぐる眺めにひきつけられます。
切り立った北壁が望まれ、沢沿いに走る多数の崩落が増幅され元谷の大崩落へと続く様子に圧倒されます。
登山当日が、三連休の初日だったこともあるのでしょが、列なす登山者で六合目から渋滞が続きます。
幼子を背負ったお父さん、小学生、中学生、ご高齢の方も、あらゆる世代に愛されている山、大山はそんな山でした。
羽田からの米子便で隣り合わせたのが大山の地元大山町役場に勤めている人達でした。
隣町の伊勢原市と大山(丹沢にある大山は「おおやま」と読みます)が縁の姉妹都市の話や
大山寺の参道に足湯を作っていることなど話題は尽きなくあっという間に米子についてしまいました。
私の予約したホテルが大山町だったのも幸い、便乗させてもらう親切に“こいつは端から縁起がいいやい!”
てな具合に山陰の山旅が始まりました。
2011-10-08 登山
百名山100/84座