2014年1月12日日曜日

祖母山(標高1756m)


ほしこがの食堂
祖母山登山口の尾平鉱山(地名)は三菱鉱山経営の昭和25年のピークには従業員500人、
人口2000人を数える“街”だったそうです。
都会の最先端の文化が持ち込まれ、大分県で最初に映画が封切られる繁栄ぶりだったとか。
その繁栄も昭和29年三菱の閉山で幕を下ろすことに…

今その面影を残すのは小学校校舎をニュアールした宿泊施設と山肌を埋める鉱石屑。
魚が泳ぎ美味しいお米も取れる今も奥岳川にカドミュウムの中和剤が流し続けられているそう。
祖母山を調べていてこれらのことを知り、廃校のホテルに泊って祖母山に上ろうと思いました。
運営は大分県竹田市緒方町に変わって現在はNPO法人“ほしこが”受け継いでいます。
(一泊2食7500円、インターネット割引 5%)この日は日曜日でしたが、私以外に、
11年前から4度目来訪の大阪は境に在住のご夫婦とやはりリピーターのご夫婦と同宿でした。

以前家族旅行村だった施設にはバンガローがあり祖母山の登山者はこちらを利用するようです。

尾平鉱山ほしこがの夜は、何もないけれど探していたものが見つかったような?不思議な思いがずっとしました。




ほしこがから緒方町にちょっと戻ったところに祖母山の登山口がありました。

登山口を入るとすぐに周囲の空気になじまない鉱石屑の盛石が山裾を覆っていました。

祖母山はわたしの故郷の山です。
故郷の宮崎側にある北谷登山口から上らなかったのは以上の事情からですが、

登山者の多くは北谷登山口を利用するようです。

黒金山尾根コースは健脚となっていますが、恐れるほどの事はなく魅力的なルートでした。

出だしの川上渓谷沿いの道は素晴らしい癒しの空間でした。
 
凛とした爽やかさに満たされた清流の風景にのびやかなゆったりした気持ちに包まれました。

尾根に取り付く辺りは急登でしたが、森深くまで差し込む朝日の輝きは息を飲む美しさで
晩秋に息づく自然のぬくもりを体いっぱいに感じる楽しい機会でした。


真ん中奥の傾山へ縦走路が延びている。

阿蘇山方面の展望
1時間半ほどで登山道は背丈を越すスズタケの原を辿るようになます。
山頂近くまでこの状態は続き、障子岳・古祖母山への縦走路分岐から一旦下って上り返します。


天狗岩から障子岳方面
 
祖母連山の稜線
 


山頂肩の梯子場を経て、傾斜の付いた一枚岩を登るとひよっこリ山頂に出ました。

すると朝登山口で出会い、宮原コースと黒金山尾根コースの分岐で

「山頂で会いましょう」と別れた人と本当にバッタリ再会。
 
楽しい瞬間でした。
 

振り返る祖母山


09/23尾平黒金山尾根登山口6:45…7:20尾根取り付き(川上渓谷を離れる)
       …7:35展望所…7:50標高900m…8:12標高1100m
       …8:25背丈を越すスズタケ8:30朝食8:40…9:10天狗の水場9:15
       …9:25展望台9:40(古祖母山分岐)…10:20標高1700m
       …10:32山頂10:45(宮原コース下山)…11:20標高1500m
      …12:28標高900m…13:05尾平登山口下山
 
 
百名山100/69座
 
2009-11-23 登山
 



 
 

2014年1月11日土曜日

三嶺(標高1893m) 高知県の最高峰

剣山とジロウキュウの山頂を踏み、ジロウキュウの肩から西へ縦走路に入りました。
ジロウキュウ山頂の登山者は縦走ではなかったようで、縦走路に人影はありません。

稜線のミヤマクマザサの中につけられた登山道は鞍部でスーパー林道への道を分け、丸石の登りになりました。
丸石と思ったピークは名無しのピークで、丸石はその先をもうひと登りしなければなりませんでした。
北東から南西に糸巻き形地形の丸石は一面熊笹におおわれた草原台地でした。
振り返るジロウキュウと剣山はまっすぐ延びてくる稜線上にまだ大きく見えます。
丸石から下った樹林の中に丸石避難小屋がありました。
小屋から少し上ったピークから奥祖谷の二重かずら橋への道が出ていました。
山仲間がここを上ってきた記録を読んでいて、この辺は初めてという気がしません。

ピークを一つ越して樹林帯を緩く登り平坦地を過ぎると、高ノ瀬の荒れた岩交じりの登山道になりました。
高ノ瀬山頂は一度通り過ぎますが、見つからな山頂に思い当たる節があり戻ってみると、ささやかな山頂標は支柱から剥がれて地面に落ちていました。
それほどわかり難い処でもなかったのですが、隣の三角点も見過ごしていました。

食害?塩害?付近の立木に枯れ木が目立つます。
この現象は稜線の登山道沿いに石立山分岐まで続きました。

石立山分岐から尾根の南側を巻く縦走路は広大な熊笹の草原に入っていきます。
前方に三嶺が、振り返ると剣山とジロウキュウも望まれる絶景地です。
草原を境に縦走路の終了点と出発点がさえぎるものなくつながる光景は、ほかには知りません。
右手に剣山を、左手に三嶺を、草原の真中に立って眺める気持ちのいい稜線歩きは縦走のハイライトです。

1732標高点ピークを過ぎて何気なく右の稜線に送った視線に今日初めての人影が映りました。1700.8標高点ピークのようです。気になったので私も上ってみました。
尾根にも踏分路がついていて稜線通しにもいかれるようです。
やがて夏道に戻ると2つ3つ分岐が出てきて、そのどこからか現れわれた登山者の姿が見られるようになりました。

間もなく笹原の草原奥に白髭避難小屋が見えてきました。
小屋手前の草原から右手に見える大きな山容は三嶺でしょうか、大分近づきました。
小屋をのぞくと登山者でいっぱいでしたので、先に進むことにします。

白髭分岐からカヤハゲにかけては食害で山が痛んでいる印象を受けました。
ネットやテキサスゲートと称する鹿除けの対策も随所に見られましたが、相手が生き物だけに対処に苦労しますね。

カヤハゲ山頂に登ると三嶺は目の前です。
一部鎖場もある急登にスクと遮る大岩がありました。
私にはソクラテスが浮かべた苦渋の表情はこうだったかも?
と想像した味のある大岩の凹凸。
そんな大岩を巻く段差のある階段状の登山道を辿って三嶺山頂に出ました。

到着はお昼頃だったと思いますが、三角点にタッチして食事にしようと山頂から避難小屋のある広場に降りて行きかけて、あぁ!この景色です。
ミヤマクマザサとコメツツジの草原に山頂池と赤い屋根の避難小屋のロケーション。
一度は見てみたいと思った天空庭園です。
三嶺は高知県の最高峰ですが山頂の半分は徳島県なのだそうです。

剣山や石鎚山ほど有名ではないけれど“四国の人々からは一番愛されている山”
とも聞きました。
この日もたくさんの登山者で、避難小屋にはいい匂いをさせて鍋を囲む常連らしいグループもありました。
小屋の入り口に鐘がつるしてあったので太平洋側から上ってくる暖気で濃霧が出るのかもしれませんね。
高知県側にもルートが拓かれていて、実は面白いメインはそちらにあるとも…
無関心ではいられませんね。

名頃に下山したのは、15時頃だったと思います。
その後次の山域の愛媛県の瓶ヶ森近くの宿「山荘しらさ」に移動したのですが、
瓶ヶ森林道経由で到着は19時になってしまいました。

晩秋のつるべ落としの時期、ガスの出た真っ暗な山道の走行は泣きたい気分。
振り返えるに四国山旅の最難関でしたね。

二百名山  三嶺100/43座

2010-11-12~13 登山

剣山からの続き石鎚山につづく



2014年1月10日金曜日

久住山(標高1786.5m) 九重連峰



登山当日の予報はくもりのち雨。関東に比べると九州の夜明けは30分余り遅いのでよけい暗く感じる。
宿の朝食を弁当に仕立ててもらい牧ノ戸登山口に向う。
一面の朝霧、視界5メートルほど。登山口にスットク、木や竹で手作りの杖が一抱えも置いてある。
観光客に使われるのかなぁ。


遊歩道は東屋で終わりその先に登山道が続く。汗かく頃沓掛山の岩場を乗り越す。
扇ノ鼻分岐まではほとんど平坦な火山性の土壌と岩ごろの広く切られた登山道を行く。

ガスが切れて、右手に扇ノ鼻(標高1698)左手に星生山が“登って行かんね”と誘ってくるが目をつむる。
久住別れに下るガレの道は久住山のトンガリ姿が目の前に広がる好展望、ガスの切れるのを待って一枚。

久住別れの避難小屋を覘くと、この日が寒い日だったからかもしれない、ブロック造りの寒々とした土間…でも直ぐに荒天の避難所にはありがたい施設だと思い直した。

久住山は中岳に高さを譲るそうで、高いところが好きな私は先ず中岳から上ることにする。






久住別れを過ぎて登りの途中で久住山のルートを左にそれて尖峰の天狗ノ城に向かう。



御池が薄氷を浮かべている。

 
 


見渡すどの山も霧氷で白くに光って見える。

硫黄山が噴煙を起てている。

 


中岳へは急斜面を慎重に下りまた一登りで到着。
風が強くカッパのシャッポがかしましい音をたててはためく。


さてとっておきの久住山に向かいましょう。 

11月20日に改修なったばかりの池の小屋避難小屋の様子を見て、
(エアリアマップに使用不可とある)
御池を半周して久住山のルートに戻る。

ゴーロの斜面が山頂まで続いている。

 

久住山頂にはさっき別れた女性二人連れも去った後で誰もいない。

至福の時、一人山頂の大岩に乗って山々を眺める。  

 

黒川温泉6:30-7:10薪ノ戸登山口7:20…9:05中岳山頂9:10
    …9:30久住山9:40…10:55薪ノ戸登山口11:00 

 

百名山 100/68座

 

2009-11-22 登山 

2014年1月8日水曜日

石鎚山(標高1982m)西日本第1位の高峰


石鎚山南面の愛大(愛媛大学)小屋経由ルートを登って土小屋に周回できないかと考えて
面河渓谷へ行って見ましたが、バス便や石鎚スカイラインの通行時間制限など制約が多く
実行には一抹の不安が残るので、1案は諦めて土小屋に戻ってきました。

土小屋ルートピストンの2案に変更、登山口の石鎚神社にお参りして出発します。

土小屋ルートは登山口から山頂まで4.6K、標高差490m、
4つあるルートの中では、最も安全で最も短時間で登ることができるルートです。

平坦に整えられた登山道がつづきます。左手に石鎚スカイラインが見えます。

右手に見えるのが明日上る予定の瓶ヶ森のようです。

ブナの森の下草は笹が生えています。笹が多いのは四国の山の特徴ですね。

石鎚山山頂が見えてきました。山腹に笹原と白骨樹の景色が広がります。

山頂が正面に見えてきました。こちらに向かって一直線に下りて来る尾根が東稜でしょうか。

東稜基部付近にある休憩所の左手奥に矢筈岩・天狗岳のルートの取り付きらしい地点がありました。面河ルートを諦めたことから、せめてという思いにそそのかされましたが、自重しました。

矢筈岩と天狗岳が見えてくると登山道に落石注意の立札や階段が目立つようになりました。

成就ルートとの合流地点を過ぎるといよいよ石鎚山名物の二の鎖が登場しました。

鋭角に切立った岩場は(65メートルあるそうですが)見上げても終了点が見えません。

鎖といっても大きさにまず驚きました。
リングの径は登山靴の足がはまるほどもあって面食らいました。

多くの人が群れて間を空けずに登るのにもびっくり、みなさん逞しい。

クサリそのものを足場にする箇所があったりして、アルプスの鎖場とは別物ですが、
スリリングさを味わえて楽しかったです。

三の鎖は回避して、上りと下りが分かれて2列になったスチール製の階段を上りました。

石鎚山山頂は大変賑わっていました。

天狗岳に一筋ガスがかかってなんともいえないいい雰囲気です。

弥山の先から下って上る岩稜は慎重に行動すれば、見た目よりはよくできたルートで
10分ぐらいで天狗岳に到着しました。

暫くぼんやりとした時間を楽しみました。

下山すると「国民宿舎石鎚」のチェックインにはまだ早い時間でしたから、
面河ルートでも大丈夫だったかな。

剣山のキレンゲショウマは有名ですが、石鎚山にもキレンゲショウマが咲くそうです。
できたらキレンゲショウマの咲く頃に、
今回上ることのできなかったルートを歩いてみたいと思います。
 

百名山 100/80座

2010-11-14 登山

つづく


2014年1月7日火曜日

剣山(標高1995m)西日本第2の高峰


東京―徳島阿波おどり空港「1万円キャンペーン」を利用して四国の山旅に出かけました。

羽田発8:55の飛行機は10:15徳島空港に到着しました。

山旅のスタートは剣山~三嶺の縦走です。

空港でレンタカーを借りると徳島IC→美馬IC→見ノ越→名頃に直行しました。

名頃は三嶺の登山口です。明日はここが縦走の終点になるので登山口駐車場に車をデポします。

1日2本しかない13:43分発「剣山」行きのバスに乗客は私一人だけ、
14:08剣山見ノ越登山口に戻りました。

やれやれです。レンタカー屋さんに“バスに間に合う時間に名頃に着くのは厳しいかも”
といわれて縦走は半ば諦めていたのでほんとにヤレヤレです。

出発点に立てた安堵感に満たされながら、先ず剣神社に参拝。
きょうから1週間、四国の山を巡っての一人旅、旅の安全をお願いしました。

リフト脇の登山道を剣山山頂ヒュッテへ上り始めました。
大剣神社まで上るとお年を召したご夫婦に出会い、ベンチで少しお話しをしました。

御神水(おしきみず)まで上ってこられた由、
「おかげで(剣山にリフトがある)私たちもここまで上ってこられました、助かります。」と
仰っておいででした。

ご夫婦にお会いしたことでわたしも改めて剣山の魅力に思い当りました。
リフトだけでなく、山頂には山小屋があって登山客の安全を手助けしてくれています。
西へ縦走路を辿れば変化にとんだ多くのルートを楽しむこともできます。
老若男女一人一人が等しく満足できる山が剣山なのですね。

お二人と分かれて刀掛けの松を過ぎ、階段状の傾斜地をひと上りで、
剣山頂上ヒュッテに到着しました。
山小屋にお風呂がある事も意外でしたが、一番風呂に入れてもらいました。

翌朝日の出前に小屋を出て剣山山頂に登りました。
アンテナと木道の山頂は平家の馬場と呼ばれるイメージとは違いましたが、
確かに馬場のように広々とした山頂でした。

山頂南西の端にある一等三角点にタッチして南西のジロウキュウへと進みます。
鞍部まで下るとヘッドランプが必要なくなり、ピークを一つ越えるとゆったりと尾根道を
山頂に導かれました。

ジロウギュウ(標高1929m)山頂には男性が二人先着していました。

山名がジロウギュウとは変わっていますが、笈(キュウ)とは修験者が背負う箱の意味ですが、
剣山の別名が太郎笈であることから弟分の次郎笈と当てて呼ばれたようです。

写真を撮って貰ってジロウギュウにいとまごい。

山頂を西に進んで三嶺の縦走路に入りました。


百名山 100/79座

2009-11-12 登山

 三嶺に続く